信用取引では良く「信用買い残」・「信用売り残」という言葉が出てきます。
そもそもどうしてそういう言葉が出てくるのでしょうか?そしてどうして良く出てくるのでしょうか?普通に考えれば、この言葉が相場の価格形成に何らかの影響力があるからだと思いますよね?「○○取引」などは「取引の仕組み」の説明で終えられますが、「○○残」と聞けば普通は数字が出てくるはずです。
数字である以上、そしてそれが「買いの残り」・「売りの残り」である以上、売買動向だと察しが付きます。
信用倍率もこの「信用買い残」・「信用売り残」とともに出てきます。倍率という以上はやはり数値のはずです。やはり売買動向を分析する数字だと考えたくなりますよね?!
「信用買い残」・「信用売り残」というものは一体何なのでしょうか?
信用倍率というものは一体何なのでしょうか?
これらの意味が分かったとして、それがどう活かされているのでしょうか?
実はこれらの言葉は売買動向を分析する時に使われます。だからそれぞれの数字にはヒントが詰まっています。
この記事ではこれらの言葉の意味とその数字に込められた意味を解説していくことで「見えてくるもの」を紹介していきたいと思います。
投資家の心理
『超初心者でも分かる!貸借取引とは何か?』では、
- 信用取引は買いから入ることも出来るし売りから入ることも出来る
- 買いから入ってまだそれを決済していない場合もある
- 売りから入ってまだそれを決済していない場合もある
- まだ決済していないということは、買いから入った人は「まだ上昇すると思い(願い)」、「いつかは売る(決済で反対売買を選んだ場合)」、売りから入った人は「まだ下落すると思い(願い)」、「いつかは買う(買い戻す)」
- 買いから入ってまだ決済していない株数を買残という
- 売りから入ってまだ決済していない株数を売残という
- 「買残÷売残」で算出される数値は信用倍率(賃借比率とも取組倍率とも)と呼ばれる
と説明しました。
買残・売残を賃借取引の説明に使いました。
ところで、売買というのは需給で決まりますよね?そしてその需給は心理で形成されますよね?!
投資も同じです。個々の投資家の心理がそのまま価格変動に現れます。
考えてみて下さい。リスクのある信用取引において、買いにしても売りにしても決済しないままでいることは投資家がそのリスクを承知の上で背負い続けているのです。
リスクを背負い続けても決済しないままでいることが価格形成においてどのように作用するのでしょうか?今からこのことを説明したいと思います。
買残・売残があるということ
まず、買残・売残があるということは、投資家がその方向に今後も動くと思っているからです。
買残があるということは「株価が上がることを期待している投資家が多い」ということです。
売残があるということは「株価が下がることを期待している投資家が多い」ということです。
買残・売残は毎週公表されます。公表の際は「前週比」という形で、それぞれの数値が前週と比べてどれだけ増減しているかも開示されます。
『超初心者でも分かる!貸借取引とは何か?』で紹介した(株)三菱UFJフィナンシャル・グループと(株)NTTドコモの信用取引情報をここでも掲載します。
(株)三菱UFJフィナンシャル・グループは前週比で見ると買残が物凄く増加し売残は逆に減っています。(株)NTTは前週比で見ると売残が物凄く増加し買残は逆に減っています。
「沢山買われ、それをまだ決済しない」・「売ったままにしている株が減った(決済した)」というのと、「沢山売られ、それをまだ決済しない」・「買ったままにしている株が減った(決済した)」ということが分かりますよね?!
「買残÷売残」で算出される信用比率(取組倍率)は売残が分母ですので、1より小さくなれば売残が多く、1より大きくなれば買残が多いということになります。
買残・売残が多い、増えたということは……
買残があるということは、株価が上昇することを期待している投資家が多いと書きました。売残があるということは、株価が下落することを期待している投資家が多いと書きました。
では、買残が多かったり(前週比で)増えたりということは、「更に大きく上昇する」ということでしょうか?
残が多かったり(前週比で)増えたりということは、「更に大きく下落する」ということでしょうか?
確かにそう期待して多くなったり増えたりしているので「全て間違い」というわけではありません。
しかしよくよく考えると微妙に違うということになります。
忘れないで頂きたいのは、「信用取引は決済しなければならず、制度信用取引ではその期限が6カ月」だということです。
信用取引の決済方法については『信用取引の決済方法について(反対売買、現引、現渡)』で解説していますが、決済方法には反対売買があります。買った場合は売却、売った場合は買い戻します。
余談
買った場合には他にも現引という返済方法がありますが、これは証券会社から借りたお金を返すことで決済することを意味します。
考えてみれば分かることですが、信用取引はレバレッジを効かせて売買をします。資金以上のお金を動かせるのです。
でもね、だからこそ信用取引をしているという人がその資金以上のお金を返せますか?返せないだろうし、そもそもそんなお金があるのなら現物取引で買った方がマシです。
売った場合には他にも現渡という返済方法がありますが、これは証券会社から株式と同じ現物株を返済に充てるという決済方法です。
考えてみれば分かることですが、空売りした銘柄と同種同数の「現物保有」がありますか?保有していなければそもそも現渡は出来ません。現渡は「時価額で株式を購入する」のではなく、手持ちの現物で返済することです。
現渡をすることがメリットなのは「株主優待の権利取り」と「つなぎ売り」の時です。
ある銘柄の株主優待が欲しかったとします。その銘柄を現物で買うことになりますが、その銘柄が下落すれば含み損になりますよね?この時、現物で買うのと同時に同じ銘柄を信用取引で売ります。
同じ株数売れば、片方の利益がもう片方の損失、片方の損失がもう片方の利益になり、損得は±0の状態がずっと続きます。権利確定後はもう必要ないので現渡をすれば取引を終えることが出来ます。
現物で持っている銘柄が上昇して含み益となっていますが、一次的に下落すると分析したとします。この時、上昇時に空売りをします。めでたく下落すれば「これ以上は下落しないな」と思えた時点で空売りを反対売買して利益を確定させます。思惑が外れて上昇したのなら現渡をすることでリスクヘッジします(売った時を基準としてお金が返って来ますので含み損は解消されるのです)。これがつなぎ売りです。
このように、現物との兼ね合いで現渡は有効ですが、現物株など関係なく純粋に信用取引の空売りオンリーの時は現渡をしても無意味なのです。 |
制度信用取引や(返済期限がある)一般信用取引では、その期限までに決済がなされます。
ということは、買残・売残の増加は「目先ではその方向に株価が変動する」と言えますが、それが増え続けると「反対方向への圧力となる」わけです。
例えばさきほどの(株)三菱UFJフィナンシャル・グループは買残が急増しています。目先は上昇すると言えますが、この急増した買残はやがて反対売買、つまり売却されることになり売り圧力となるのです。
(株)NTTドコモでは売残が急増しています。目先は下落すると言えますが、この急増した売残はやがて反対売買、つまり買い戻されることになり買い圧力となるのです。
数がどれだけ増えても、比率が分からなければ意味をなしません。買残が物凄く増えても、売り残との比率で見たらそれほどではない場合は本当の意味で買残が多いとは言えませんものね……。売残の場合もそうです。
そこで信用倍率という概念があり、買残と売残の比率を見て本当に多いかどうかを見極めるのです。
信用倍率から見えてくるもの
買残と売残は将来の売りと買いの動向を見極める材料になります。
そしてこれらの比率を表現したものが信用倍率であり、この倍率が小さいほど売残が買残を上回っているといえ、それは将来的には反対売買として買い戻しが多くなって売り圧力より優勢になるため上昇すると見込めることから好材料となる傾向があります。
逆に1より大きい場合は買残が売残より多いので、大きければ大きいほどそれが将来の売り圧力となり、下落すると見込まれます。
しかし注意しなければならないのが「出来高との関係」です。
出来高とは一日・一週間・一か月など一定期間内に成立した売買の数であり、株の場合は株数が単位となります(先物の場合は枚数が単位となります)。出来高が多ければそれだけ売買が活発に行われていると言えます。
価格は買いと売りのぶつかり合いです。分かりやすく説明するために、数字は分かりやすくしています。
売数量 |
値段 |
買数量 |
14 |
1004 |
|
13 |
1003 |
|
12 |
1002 |
|
11 |
1001 |
|
10 |
1000 |
|
|
999 |
19 |
|
998 |
18 |
|
997 |
17 |
|
996 |
18 |
|
995 |
15 |
現在1000円だとします。
この時、1000円に買い注文として10株ぶつければ、それが約定する間に新たに売り手が出なければ価格は1001円になります。もう売り手がいないからです。
この板状況だと、簡単に価格が上下しませんか?ぶつける相手が少ないからです。こういう時、「板が薄い」・「板がスカスカ」と言ったりします。
もし、こんな状態だったらどうでしょう?
売数量 |
値段 |
買数量 |
1400 |
1004 |
|
1300 |
1003 |
|
1200 |
1002 |
|
1100 |
1001 |
|
1000 |
1000 |
|
|
999 |
1900 |
|
998 |
1800 |
|
997 |
1700 |
|
996 |
1800 |
|
995 |
1500 |
今度はぶつける相手が多いです。
板が薄い(スカスカ)の時は簡単に価格が上下します。当然、出来高は少なくなります(それでも激しい値動きなら出来高が多くなる時もありますが……)。価格が形成されても、出来高が少ない時は売買が活発とは言えません。
少なくともその銘柄の日頃の出来高との比較を忘れず、日頃の出来高と比べて少ない時は疑問を持った方が良いです。
買残・売残が毎日の出来高に比べて少ない場合は将来の反対方向への圧力もそれほど大きくないと考えられるからです。
良く、「出来高を伴った○○○」と言われます。売買が活発な時の値動きは市場参加者が多いという意味で信頼性が高いのですね。
だから買残・売残が日々の出来高より圧倒的に多ければ、それは将来において大きな影響力を持つと言えます。
ちなみに信用倍率は貸借倍率とも呼ばれると書きましたが、ここまで記事をお読みのあなたならこの言葉の厳密な定義を説明してもお分かり頂けると思いますので掘り下げると、東証が発表する信用残高に基づくものが「信用倍率」、証券金融会社の貸借取引残高によるものが「貸借倍率」となります。
「買残÷売残」で算出される数値そのものは信用取組倍率と呼ばれます。
このような明確な定義に基づいて見てみると、貸借倍率は証券金融会社の貸借取引残高を基準にしていますから、逆日歩の可能性を判断するのに役立ちます。証券会社は投資家に貸し付ける株式を提供出来ない時に証券金融会社から株式を借りますが、証券金融会社でさえも提供出来なくなった時は機関投資家から株式を借りて融通します。
この時に逆日歩が発生するので、証券金融会社の貸借倍率を見ることで逆日歩が発生するかどうかの判断がある程度出来るのです。
この数字が1を下回ると逆日歩が発生する可能性が高まります。
まとめ
市場は思惑で動きます。
例えば売りで入った機関投資家がどんどん売り込みを続けて売残が大きくなったとします。それに呼応するかのように「よし!自分も売る!」と更に売りが膨らむ場合もあります。最初に売った機関投資家が利益確定のために反対売買を連続的にやったとします。そうすると反対売買は買い戻しですから価格は上がっていきます。
高値で売っている投資家は良いですが、その勢いに乗じてついつい自分もと売りを入れ、それが反対売買を始めた価格付近だったらどうなるでしょうか?
価格が上がっていくことで含み損が大きくなります。それでもまだ買い戻しが続いたとします。
結局反対売買で損切りをし、その投資家は損をします。その損切りで価格はまた上がることもあります。そうすると同じように売った人も損切りをします。
資金力があれば思惑通りに価格形成させようと考えます。同時にその思惑を知っているからこそその思惑とは反対に動かそうとする機関投資家もいるかも知れません。投資の世界では、誰かの損が自分の利益、自分の損が誰かの利益になるからです。
出来高を伴った値動きはそれだけ市場参加者が多いということであり、その分だけ思惑があります。
あなたがもし買い(売り)を決済しないのなら、それは何かしらの思惑があるからです。そのような思惑を目先の動き、将来の動きとして分析する時に便利なのがこの買残・売残・信用倍率なのです。